
もうずっと前にベストセラーになった「神との対話」という書籍に以下のような言葉があった。
怒りは自然な感情だ。「ノー」と断るだめの道具(ツール)だ。必ずしも無礼なものとは限らないし、決して他者を傷つけるものではない。怒ることを許されて育った子供は、おとなになったときも怒りに対して健全な態度でいられる。だから、とても早く怒りから抜け出せる。
怒りはよくないものだと教えられて育った子供、怒りを表してはいけない、それどころか怒りを感じることすらいけないと言われて育った子供は、成人後、怒りをうまく処理するのに苦労する。
抑圧された怒りは、憤怒になる。
非常に不自然な感情だ。
人びとは怒りのために人殺しをしてきた。
戦争が勃発し、国が滅んだ。
僕は、お寺に生まれて、無意識に怒ったりイライラしたりするのは駄目だと思っていて、「怒ることを許されない」子どもだったように思う。
だから、怒りやイライラに対しては周りに発散せず、自分の中に溜め込んで、それが許容量を超えて処理しきれなくなって、統合失調症が発症したようなところがある。
統合失調症の回復過程で可能な限りイライラしないようなメンタルを作りあげたが、それでも人間だからイライラすることもある。一旦イライラしてしまうと、普段穏やかだからか長い間イライラしてなかなか抜けない。
3歩歩いたら忘れるようなタイプが羨ましい。そういう人は病みにくいと思う。
ただ、怒りやイライラは自然な感情だから、無理をして処理しようとせずに、ただイライラしている自分を見つめることなのだと思う。イライラを自分の力で安定させようとしても、イライラは更に強くなる。
日にち薬という言葉もあるぐらいだから、ゆったりと構えていればイライラは次第になくなっていき、その経験を何回も繰り返すと、イライラに対して自然と対処出来る心と脳内回路が形づくられていくのではないだろうか。


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