
統合失調症に関する活動を振り返ると、始まりは2012年だった。
僕は「統合失調症は治る病気です」というブログを書き始めた。当時の僕は、自分でも驚くほどその言葉に執着していた気がする。治るか治らないかという医学的な議論をしたかったわけではない。ただ、統合失調症になったからといって人生が終わるわけではない、と誰かに伝えたかった。そして同時に、それは誰かに向けた言葉でありながら、自分自身に向けた言葉でもあった。
あの頃は、今のように動画サイトではなく、ブログがまだ元気だった時代で、統合失調症について検索すると、苦しさや絶望が前面に出た文章がたくさん並んでいた。もちろん、その苦しみは本物だったと思う。でも、画面の向こうに広がる重たい空気に触れるたび、僕は少し息苦しくなった。
だから反発した。
統合失調症でも笑える日があること。普通に暮らせる日があること。未来を想像してもいいこと。そういう話を書こうと思った。
今振り返ると、あの頃の僕は随分と意地になっていた。誰に頼まれたわけでもないのに、毎日のように文章を書いていた。閲覧数が伸びるたびに嬉しかったし、それを気にしていないふりをしながら、実際にはかなり気にしていた。
3年ほどは統合失調症に関するブログの中で閲覧数が1位だった。多い日は4000PVを超えた。当時は1日10000PVあれば社会に影響を与えるブログだと言われていた時代だから、我ながらよく頑張ったと思う。
でも、不思議なのは、数字が増えたことよりも、誰かが「希望が持てました」と書いてくれたことの方が記憶に残っていることだ。結局のところ、僕は影響力が欲しかったのではなく、自分がかつて欲しかった言葉を届けたかったのかもしれない。
その後、少しずつ景色は変わった。
今では統合失調症について前向きな発信をする人も増えたし、何気ない日常を綴る人も珍しくなくなった。もちろん、それが全部僕のおかげだとは思わない。でも、ほんの少しだけ流れを押す力になれたのだとしたら、それは嬉しい。
次の挑戦は2015年に始めた統合失調症当事者LINEグループ「すきゾ!」だった。
参加者を集めるために、また僕は毎日のようにブログを書いた。何かを続けているときの僕は、自分でも少し怖い。やると決めると、気付けば生活の中心がそのことになっている。周囲から見れば熱心なのかもしれないけれど、自分ではどこか落ち着きのない人間にも思える。
それでも続けた結果、「すきゾ!」は300名近い仲間が集まる場所になった。最近では研究機関や企業から協力依頼をいただくことも増えた。以前の僕なら想像もしなかったような出来事だ。
そして今、何となく感じている。
1つの時代が終わったのだと。
もちろん活動をやめるわけではない。でも、同じ場所に立ち続ける必要もない気がしている。
これから僕が書きたいのは、統合失調症を抱えながら子育てをしている日々のことだ。
離乳食を作ること。保育園の送り迎えをすること。夜泣きで寝不足になること。そんな話は、一見すると病気とは関係がないように見える。
けれど、本当はそこに意味があるのだと思う。
統合失調症の人も子どもを育てる。笑う。失敗する。疲れる。家族と暮らす。特別な物語ではなく、ごく普通の毎日を積み重ねている。
僕はその様子を書いていきたい。
誰かを励まそうとして肩に力を入れるのではなく、ただ楽しそうに生きている姿を見せることで、統合失調症に対する見方が少しずつ変わっていくかもしれない。
そんな期待を抱きながら、今日もまた文章を書いている。
気付けば、14年前と同じように。



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