
思い返すと、子供の頃から心から楽しい😃と感じたことは、あまりなかったかもしれない。人生は自分を高めるための試練のように感じていたから、楽しさを求める意識はほぼなっかった。心から笑ったことってあるのだろうか?ってレベル💦
まぁお陰で❓ 人並み以上に苦しい経験を積んできたと思う(笑)これまでの苦しみで人間的に深みが出ただろうし、精神性を高めるためにはとても有益なことだった。
それを乗り越えたことで、これから僧侶としても人の心を優しく癒やせるようになるのではないかと期待している。
最近は笑顔も増えてきた。
充分に苦しみは経験してきたので、そろそろ苦しみから学ぶ時期も卒業して、今まで焦点を当てることのなかった「楽しみ」を求める生き方にシフトしていくべき時期なんだろうな🎵
感性のアンテナを開く
まず、楽しさをキャッチする感性のアンテナを開くこと。世の中って、楽しいことがあるとかないとかじゃない。
楽しむこと。それは、自分の意志。
松本人志:笑いの感性のアンテナ
松本人志が、才能のない後輩と半日過ごした。
誰かと合流したときに、

今日おもろい事あってんな
後輩は驚いて言う。

え、何がですか?
松本人志と才能のない芸人とは、見えている視点が違う。プロの料理人が新鮮な食材を見て、「どう料理したら美味しいか?」と考えているのと同じ。一般人はそんなの考えない。
才能の無い後輩が見て、見たまま「面白くないです」じゃない。松本人志は、「どう料理したら面白いか?」の所まで考えているから面白い。
国宝級の笑いに関する感性のアンテナを持っているのだろう。

楽しくないものをどうすれば楽しいか、ということを考えて行くと楽しいんです。
感性のアンテナを開く
「楽しみ」を求める感性のアンテナを開こうとしても、今まで経験がなかったら何が楽しいか最初はなかなか分からない。楽しくないことも無理してやっていると、楽しさのセンサーも錆び付いてしまう。
「今何をしたら1番楽しいかな?」って考えて、選択肢のうちで1番楽しいことをやってみる。経験を重ねると感性のアンテナの感度は高まり、自分が何をした楽しいのか分かるようになってくる。
楽な道はいつも見える風景は同じだ。でも、楽しい道なら見える風景はいつもちがう。
ちょっとずつ楽しい世界に移行していければ良いよね💕


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