
陰性症状が酷くて、何もしたくなかったり、意欲が湧かなかったりした時期もある。
でも、今思うとそれは「今は休むべき時期だよ」という心身のメッセージなんだと確信するようになってきた。
真剣になる時期はやがてやってくる
本当に真剣にならざるを得ない状況は、やがてやってくる。
自分もようやくその時期がやって来たように感じている。

真剣になると知恵が出る。
中途半端だと愚痴が出る。
やる気がないと言い訳が出る。
真剣になることが出来ると、知恵も出るし、自然と宇宙が味方しているような運命の力を感じたりもする。
それを若い時期に見つけられた人は、藤井聡太や大谷翔平のように活躍出来るのだと思う。
もしかしたら、一生真剣になれないで、だらだらと生きている人も多いのかもなって思うぐらい😅
(;゚ロ゚)
統合失調症というアドバンテージ
僕らには統合失調症というアドバンテージがある。
若年期に発症することが多いから、暗黒の20代を過ごさざるを得ない方も多くいらっしゃるだろう。
しかし、その時期に普通の人では直面できないような心の課題と向き合うことが出来る。
ピラミッドの土台を堅牢に組み立てている時期、或いは根を下に下に伸ばしている時期だ。
やがて、真剣になる時期がやってくると、今まで積み重ねた苦労が花開くことは約束されている。
必死と真剣は違う
今まで、自分なりに真剣に取り組んできたと思っていた。
でも、本当の意味で真剣になると、それは単に必死だっただけなのだと気付いた💦
統合失調症を発症して、当時の僕としては厳しすぎる修行を乗り越えて僧侶の資格を取ったり、4年の海外生活をしたり。
海外生活では、生きるのに必死だったから、webサイトを創れるようになったり、ブログの広告収入で生活したりと、睡眠時間や遊ぶ時間を削り、鬼気迫る勢いだった。
どちらにしても陰性症状は今よりも酷かったが、「やるしかない」状況でモチベーションは自然と高まった。
ただ、意識は「逃避」だったのだよね😅
何かから逃げると、目の前に課題がやって来ていたような感じ。
運命に導かれる感覚
大先輩の僧侶から1時間の法話を頼まれたことがある。
法話はそれまで勉強らしい勉強はしたことがなく、

私では力不足だと思います。

1ヶ月後じゃないよ。1年先のことだから、今から勉強しなさい。
間違っても私の寺で「法話の勉強をさせて頂く」では困るからね(笑)
そう言われると、逃げ場がない(笑)
ありがたい言葉をもらって法話の勉強など非常にモチベーションが高まった。
これも、自分から「そうしよう!」と思ったのではなく、向こうからやってきたプレゼントのようなものだ。
真剣にやっていると、チャンスは向こうからやってくる。
チャンスは一生のうちに何回も来るわけではないし、チャンスが来たらハッタリでも好いから受けるコトなんだと思う。
努力もするし真剣になるし、失敗したとしても自分の能力は上がるから。
統合失調症を語る時代になるよな
僕の経験はちょっと変わっているかもしれない。
統合失調症もそうだし、僧侶という世界も「僧侶の常識、世間の非常識」とも言われるし、海外生活を経験して、しかも世間一般とは外れているアートフィールド(笑)で活躍していた。
法話では自己の経験を話すことが1番心に残り説得力があると言われている。
今までは精神疾患はタブーで隠すのが常識の世の中だった。
でも、統合失調症になって絶望して、そこから回復した経験をそういう場でも話せるような時代になってきたのかもな。
っていうか、そういう時代を創るから✨


コメントはこちら