脱完璧主義:自分がいなくても大丈夫と知る

3度目の入院は、無理をし過ぎていた。

お盆で忙しい時期に、北海道のお寺に手伝いに行ったり、その後に自坊で子どもたちを集めて、「よいこのつどい」という子供修養会が予定されていた。

北海道から帰ると、睡眠不足と疲労で、「やばい💦」と思って、すぐに病院に向かった。

そのまま入院することになった。

 

そのときは、事務局という役職で、

hoshu
hoshu

自分がいないと、子供修養会は出来ない!!

入院している場合じゃない!
どうしよう???

と、不安や申し訳ない気持ちや焦りで心は満たされていた。

しかし、お坊さんの世界では、通夜や葬式があると急に帰らないといけないこともあって、誰かが抜けるというのは珍しくない。

そのため僕がいなくても無事に滞りなく子供修養会を開催することが出来たそうだ。

 

2ヶ月ほどの入院で、統合失調症Lineグループ「すきゾ!」 でも、僕の死亡説が流れたそうだが(笑)、管理人の僕がいなくても皆が協力して、これといったトラブルもなく、続いていた。

 

そのことを経験してから、退院すると、今までのように、「自分が!」「自分が!」というプレッシャーから解放された。

以前は、

hoshu
hoshu

自分がいないと世界は上手く回らない。

と、いうような、ある種高慢で、大きなストレスを感じる考え方をしていた。

それからは、僕がいなくても大丈夫な場面では、

hoshu
hoshu

体調が思わしくないときは欠席しても大丈夫

と、気楽に考えられるようになった。

 

統合失調症になることも再入院することも、辛い。

でも、その辛かった分だけ、振り子は逆に振れて、より楽な、自然体な考え方や生き方が出来るようになる。

苦しんだものしか得られない大きな学びを得られる。

その闇が深ければ深いほど、より明るい光を見いだすことが出来る。

 

統合失調症になる方は、性格的には責任感が強く、真面目な人が多いそうだ。

でも、もし自分がいなくても、世界は当たり前のように回る。

そのことが感覚的に理解できるようになったら、もっと楽に生きられると思う。