

心を病んでしまうのは、家族の中で1番優しい人だよ。1番優しいと、家族全員のストレスを1人で受けてしまうから。
そう分析している医師もいる。
確かに、統合失調症Lineグループ「すきゾ!」 を運営していても感じるのだけど、統合失調症になる人は繊細で優しく人の気持ちが痛いほどに分かる人が多く、他人に配慮し過ぎな程に気を使う人も多い。

だから、時には人のために自己犠牲的になってまで献身する。
でも・・・。それって結局は誰も幸せにはなれない。
僕が結婚式のプロモーションビデオを作っていた頃、「この作品が完璧に出来たら死んでもいい!」というようなテンションで創りあげたこともあったが、それを友人に伝えると、「お前死んだら誰も幸せになれないじゃん」と笑われた (^_^)

自分を含めて皆が幸せになること
自己犠牲ではなく、自分を含めて皆が幸せになる道を探すことが、ライフワークなのだと思う。
実家のお寺
4年の海外生活をやめたのは、僕がいなかったことで、兄と母に負担が掛かり、兄は目に見えて体調が悪く、母は祖父の介護うつになってしまっていたからだ。

このままじゃお寺がやばい!
危機感を感じて日本で生活を始めた。
すると、僕が実家のお寺にいることで、自分も楽だし、兄も母も楽になって、お檀家さんも含めて、皆が幸せになっているように感じている。
統合失調症当事者Lineグループ「すきゾ!」
統合失調症Lineグループ「すきゾ!」 も、そういう意味ではライフワークなのだと思う。
僕がいなければ繋がれなかった人たちの集まりということだし、仲間が出来て仲良くなるのは嬉しいことだ。
何でも話せる友人が1人いるかいないかが、事実上、精神病発病時においてその人の予後を決定するといってよいぐらいだと、私はかねがね思っている。
『治療文化論』中井久夫
病的に(笑)ポジティブな視点から統合失調症のことをブログで発信してきたからか、グループは「統合失調症は治るし、希望を持って前向きに進んでいこう!」という、精神疾患のグループでは珍しいほどにポジティブなグループに育っている。
自分も含めて皆が幸せになるのがライフワーク
自己犠牲的ではなく、自分を含めて皆が幸せになる道をががライフワークなのだろう。

お客様の役に立つことを考え、価値のある商品であることを伝えれば、お客様は喜んでお金を払って下さるし、自分の大切な友だちまで紹介してくれたりするのです。
そのお客様が嬉しそうにしている姿を見ると「お役にたててよかった」と思うし、お金も入ってきますからやりがいも感じます。
人間が感じる幸せの3段階
人間が感じる幸せは3段階あるという。
- 「人から何かをしてもらう」幸せ
- 「出来る」幸せ
- 「誰かに何かをしてあげる」幸せ
つまり、「自分が誰かの役に立てた」「自分が誰かに喜んでもらえた」ということが最高の幸せになる。
世界的な遺伝子研究の権威である村上和雄先生は「遺伝子の研究からも、人間が最高の幸せを感じるのは、自分が誰かの喜びの源になったときだと分かった」と話されている。
自分の時間を誰かの喜びに変えるために働き、相手が喜んでくれるのを感じて、自分も幸せになれる😀
そのように相手の幸せと自分の幸せが、まるでコインの裏表のように一体になっている価値観は、とても素敵🎵
誰かのために💪
自分も皆も幸せを感じていると、それは段々と大きくなって喜びはドンドンと大きくなっていく。
自分を犠牲にしながら何かをしても、それは心が本当には求めていないことだから、ポジティブの連鎖になることはあまりない。
僧侶の研鑽や、統合失調症Lineグループ「すきゾ!」 がこれからどのように広がっていくのか、自分でも楽しみにしている今日この頃だ。


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