自己犠牲的になると幸せになる人は誰もいない

統合失調症Lineグループ「すきゾ!」 を運営していると、当事者は繊細で、人の気持ちが分かる人が多く、人との関わりに於いても自己犠牲的になることが多いように思う。

hoshuと自己犠牲

海外生活時代

僕が北京やウィーンで海外生活をしていた頃は、アーティストのアシスタントだったが、気持ちが分かりすぎて、それに応えようと相当に無理をした。

1ヶ月掛けて準備した作品が、「イメージとは違う。最初から作り直そう!」というようなことは頻繁にあって、徹夜で無理を重ねて新しい作品を創ったりもした。

そのうちに心と身体が悲鳴をあげてしまい、逃げるように帰国した。

今では連絡も途絶えているし、悪く言えば「上手いように使われた」ということになるかもしれないが、どちらも幸せにはなれていない。

結婚式のプロモーションビデオ

結婚式のプロモーションビデオを頼まれることもある。

時間が限られていること、相手の要求が高くなりがちなこともあって、テンションが上がると「この作品を創れたら自分の命がなくなってもいい」というように感じることもあった。

それを友人に話すと、

本当に死んだら、相手は幸せになれないじゃん?

と、言われた。

Lineグループ

Lineグループも、多くの人にとって心地良い場になればいいと思っていた。

でも、自分がストレスを感じながらやっていると、全体にとっても心地良い場にはならないんだなって分かってきた。

まず、自分が心地良いと感じる場を創ることが長続きするし、やる気も出る。

ガールズバー

僧侶の2次会はガールズバーに行くこともある。

たまに、自分の苦手な人がいる店にも、付き合いだからと行ってたけど、全然楽しくない。

お金を払って何で辛い思いをしないといけないんだろう?(笑)

自分が幸せじゃないと周りを幸せに出来ない

自己犠牲的に人と関わってしまうと、自分も相手も幸せになれない。

基本的に「楽しい!」と思いながら、自分を犠牲せずに関われる人じゃないと長続きはしないし、誰も幸せになれないみたい。