誰かのために:与えたものが残る

誰かのために

僕は「誰かのために」何かをしているときに、1番力が発揮しやい。

金銭的な報酬には繋がってはいないことばかりだけど💦

そのうち時代が追いついてきたら、金銭的にも超絶豊かになるでしょう✨
幸せ回路作動中💕(笑)

海外生活

4年の海外生活で、アーティストのアシスタントだった。

「ど」のつく田舎に住んでいて、北京に呼ばれ、オーストリアで有名なアーティストにウィーンに招待されたから、ある程度有能なアシスタントだったのかもしれない。

アーティストの気持ちが分かり、

hoshu
hoshu

目標や夢を叶えてあげたい

という気分が強く、相当に心身に負担を掛けてサポートしていた。

結婚式のプロモーションビデオ

結婚式のプロモーションビデオを頼まれることが多かった。

3年で12本ほど作成した。

結婚式までは時間が限られているし、一生に1度のことだから要求は相当に高くなる。

これも心身を相当に削り、集中して創っていると、

hoshu
hoshu

この作品を創り上げたら死んでもいい。

というような考えも浮かぶようになるぐらいに心身を削っていた(笑)

統合失調症Lineグループ

僕が今このブログを書いている目的の1つは、統合失調症Lineグループ「すきゾ!」 の発展のためだ。

Lineグループで楽になっている人も多いし、活動の幅も次第に広がり、統合失調症にある程度貢献している手応えはある。

一生を終えてのちに残るのは❓

三浦綾子さんの小説「続氷点」にこういう一節がある。

一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである。

手元に「集めた」ものは自らの死とともに消えてなくなる。

でも「与えた」ものはそうではない。

世界から受けた有形無形の愛情を自らの肥やしにするだけではなく、たすきリレーのように次の世代に伝えていくことが、生を受けた意味なのかもしれない。

人間の人生はたかだか100年前後。

宇宙の営みからすると一瞬。

世界や人類に残したいものは何なのか、考えながら生きている今日この頃だ。

人生は周りの人を幸せにするため

アインシュタインが、日本の学生にこのようなことを聞かれたという。

人は何のために生きるのですか?

Einstein
Einstein

周りの人を幸せにするためです。

そんなことも分からないのですか?

僕らは「周りの人を幸せにする」ために生きることが自然で、1番力が出ることなのかもしれない。

ただ自己犠牲的に相手に尽くすと、両方とも報われなくなるから注意❎

統合失調症と自己犠牲:幸せになる人は誰もいない
を運営していると、当事者は繊細で、人の気持ちが分かる人が多く、人との関わりに於いても自己犠牲的になることが多いように思う。医師家族の中で1番優しい人が精神を病むことが多いね。皆のストレスを最終的に全部引き受けること...

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