漠然とでも量をこなせば身に付く
聲明という佛教音楽が好きで勉強している。最初は用語すら分からず、レベルの高過ぎて何を言っているか分からず、「どっちが右でどっちが左なんだ???オロオロ((;д;`≡´;д;))オロオロ」とアタフタしていた。
それではどうにもならないから、全ての講義を録音して、自宅に帰ってきて編集して聲明が唱えられている部分だけを抽出して、プレイリストに入れてバックグラウンドミュージック替わりに聞いていた。
最初の3年ほどは音も取れないぐらいだったのだけど、ただ聞いているだけでも10年を過ぎた頃からだろうか?「あ、そういうことか!」というイヒ(・∀・)イヒッ体験がやってきた。それからは楽しくなって今までしたくても出来なかったことだから、結構真剣に学んでいると思う。
「門前の小僧習わぬ経を読む」と言う言葉もあるように、何も考えずに漠然と聞いているだけでも、長い期間で徐々に身体に染みこむものなんだろう。石の上にも三年とはいうが、三年ではなく十年ぐらいのスパンで考えると、ただ漠然と触れて続けているだけでも1日や2日では辿り着けないような極に近づける。
語学も文法よりフレーズを覚えること!
YoubuteやTiktokで活躍しているKazu Languagesさんの「ゼロから12ヵ国語マスターした私の最強の外国語習得法」を読んでいる。
語学のコツは、ひとまずどんどんフレーズを覚えていくことだという。ある程度フレーズが蓄積されていくと、自然と「パターン」のようなものが分かってくる。
そうなってから、文法に着手した方がよいそうで、「先にルールーを覚えてから実践に入る」手順は実は遠回りになるという。文法は「どう組み立てられているか?」を考えるのだけど、ある程度のフレーズのストックがないと出来ないことだ。
確かに、量をこなせば質は自ずと向上していくものだし、最初から質のことばかり考えていると辛くなって続ける意欲も湧かないだろう。
最初から質は求めず、量をこなせるように
どの世界でも成功している人は、とりあえず量をこなしている。料理人も修業時代は時間制限のある中で延々と食材の下ごしらえをする。大谷翔平も野球のことしか頭にない感じだし、藤井聡太も休みの日は気分転換に詰め将棋や将棋観戦をしているという。トップにいる人は、努力や集中力やそのために使った時間など、やはりトップに立っているだけはある。
最初から質は求めすぎない
最初から質は求めない方が良い。質を求めても、今まで0だったのが、いきなり100で出来るようにはならない。例えば生活リズムが乱れている人が、1日で理想的な生活リズムで活動出来るはずもない。毎日真剣になって考えて行動しているうちに、時間の使い方のコツも分かるというものだ。
時間は掛かるけど、まずは試行錯誤しながら、量をこなせるだけのやり方なり能力を身に付ける。そうしたら量をこなせるようになり、コツも掴んで質も自然と上がっていくものだから。
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