アインシュタインですら永遠の人生と感じていたそうだが、人生にはリミットがある

統合失調症になる前からアインシュタインは大好きで、アインシュタインの格言集など読みあさった。

数学や物理は得意ではないから E=mc²がどれほど美しい数式なのかというのは分からないが、アインシュタインの人生やウィットに富んだ言葉は魅力で一杯だ。

 

アインシュタインは学生時代はそれほど優秀ではなく、むしろどちらかというと劣等生。

就職も特許庁の職員というありふれたもの。

それでも26歳のときに、世界を変えるような論文を立て続けに発表した。

むしろ社会的能力は低いと思われていたアインシュタインが世界を変え、20世紀最高の物理学者と呼ばれるようになった。

 

統合失調症として虐げられている僕らでも、もしかしたら普通の人では出来ない何か出来るんじゃないかと闘病中の希望となった。

僕が主催しているLINEグループのように今のネット環境の発達で、今まで繋がることの出来なかった統合失調症の当事者同士が繋がり始めている。

この流れが世界をちょとだけ良い方向に向かわせる力となるのではないかと期待はしているのだけどね。

 

そのアインシュタインの名言集の中に、

「若い頃は人生は永遠に続くと思いがちだが、年齢を重ねるとそれは幻想だったと分かる。」

という一説があった。

 

僕は実家がお寺で、職業は僧侶で、普通の人よりも人の死に触れることは多い。

でも若い頃は、人が死んだという話題が日常で、仕事の一環で、どこか他人事というか、自分がいつか年を老い死んでいく、ということはなかなか実感することは出来なかったように思う。

アインシュタインですらそうだったんだから。

 

それが、昨年入院してから変わったように思う。

四肢拘束は辛い経験だったが、その分人生観は深みを帯びた。

 

療養中、反動の陰性症状で長い間眠っていると、当然のことながら体力は衰える。

もう20代の頃のようには動けない。

40代も半ばに近づき、肉体的にも様々な不調が出てくる年齢だ。

そういう時期になり、悶々と考えている時間を過ごすと、実感として自分も老いていき、人生にはタイムリミットがあるということをハッキリと意識するようになってきた。

 

今までは若さも人生も無限に可能性も無限に広がるような錯覚をしていた。

アセンションして永遠の肉体を得ると思ってた(笑)

二重螺旋のDNAが三重螺旋になって、進化した人類になると思っていた(笑)

それは半分は病気、もう半分は若さ故の幻想だ。

 

人生にタイムリミットがあるということを意識するようになると、今この瞬間を充実させたいという気持ちが強くなってきた。

泣いて暮らしても一生。

笑って暮らしても一生。

人生は朝露のようにはかない。

例えば1000年後、僕が生きていたことを覚えている人がどれだけいるだろうか?

そのはかない一瞬を充実させて、なるだけ後悔しないように、満足感を持って今この瞬間を過ごせたらと思っている今日この頃だ。