統合失調症と絶望感 絶望もそれほど長くは続かない

僕が統合失調症になって絶望を感じた時期は2回ある。

初回の入院時と3回目の入院の後だ。

僕に限らず、統合失調症となって絶望している人は多いと思う。

でも、大丈夫!

絶望もそんなに長くは続かない。

初回入院時の絶望

初回は陽性症状が酷く、今起こっているのが現実か夢か分からないような状態で、医療保護入院となった。

保護室に入れられ、部屋にはトイレと布団しかなく、鍵は中から開かず、何が自分に起こったのかすら理解できなかった。

混乱。

そんなある日母が面会に来てくれた。

強化ガラス越しに心配そうな母の顔を見ると、ようやくこれは夢ではなく現実なんだとハッキリと分かった。

「ここはどこなんだろう?なぜこんなところに僕が閉じ込められてしまったのだろう?」

薬でぼんやりとした頭で数日考えていた。

隣の部屋からは、うめき声のようなものが聞こえる。

「まさか!」

あるときにピンと来た。

「ここは精神病院なんだ・・・。精神病院に閉じ込められている・・・。」

ショックで崩れ落ちた。

世の中にこれほど深くて暗い絶望があるのだろうか?

「狂人とレッテルを貼られ、一生ここに閉じ込められるのだ・・・」

あまりの絶望に涙も出なかった。

きっとこの世には神も仏もない。

これほどの絶望が存在することを許すなんて・・・。

希望はない。

ここから出ることも、友達と会うことも、就職することも、結婚することも・・・。

すべて無理なんだ・・・。

母の言葉に救われる

入院中は病的な不安がやってきて、母に「毎日電話掛けて」とお願いをしていた。

今考えると、子供返りをしていたのかもしれない。

「もう俺は駄目だ。でも見捨てないで」と涙ながらに懇願すると、母はあっけらかんと「治るよ。父も統合失調症で酷くなっても3ヶ月したら家に戻ってきてたから」と答えた。

それが、希望になった。

あぁ、治って、社会にまた出ることが出来るんだ。

そして現実に3ヶ月後に退院することとなった。

初回の入院で感じた絶望は、社会的な偏見を自分が信じていたことが大きな理由の1つだったかもしれない。

3回目の入院

3回目の入院をしてしまったが、入院をする数年前は好調だった。

今考えると、陽性症状に近いような気分の高揚を感じていて、多忙と睡眠不足で蓄積された疲れが一気に出て、陽性症状になってしまったのだろう。

それまでは全能感があって、様々な活動をしながら、40歳も過ぎたことだしそろそろ婚活しようかなどと積極的に動いていた。

40代の前半が1番お見合いの話は多く、10件以上のお話はあった。

数件は受けたけど、その途中で調子を崩して、入院してしまった。

退院後、陰性症状がやってきて、「あぁ、結婚するのは無理だな」と落ち込んでしまった。

LINEグループに救われる

退院後は、LINEグループに入り浸っていた。

このグループがなかったら、1日何もすることがなく眠ってばかりで思考はネガティブになっていたんだろうなと思う。

グループの方は同じように統合失調症で辛い経験をしている。

でも励まし合い、前を向いて、統合失調症は治ると信じている。

仕事をしている人も結婚している人も多いし、勇気をもらった。

そして「福山雅治も47歳で結婚しているし、自分はまだ43歳だし、これから縁があって自分が頑張れたら結婚も出来るのか」と楽観的に考えられるようになった。

絶望もそんなに長くは続かない

もしかしたら普通の人は感じないほど深い絶望を2回も経験した。

統合失調症で病的に繊細になっているから、それが何倍にも感じられる。

でも、分かったことがある。

絶望もそんなに長くは続かない。

嵐はやがて去る。

止まない雨はない。

夜は必ず明ける。

 

このブログが絶望の淵にある人の目に触れ、希望を見いだしてくれる人が1人でもいたとしたら、これほどうれしいことはない。