
お寺という環境で生まれたからか、「べき思考」が強かったように思う。
人生はこのように生きる「べき」って、無意識に感じてたんだろう。
子どもは無邪気に楽しんでる
子どもは無邪気に楽しんでいる。
「○○すべき」という意識がまだ芽生えていないのも理由の1つと思う。
それが、人間として社会生活を営む上で、最低限の「べき」は必要になってくる。
でも、心理的に成長すると「べき思考」が自由闊達な精神を抑えつけてしまい、弊害の方が大きくなってしまう。
子どものように楽しくないし、成長も遅々として進まなくなる。
ある一定のレベルに達したら、1度「べき思考」を捨てる時期がやって来るのではないだろうか?
「べき思考」は捨てるべき(笑)
例えば、僕は「出された食事は、美味しくなくても全部食べる」というのをルールとしていた。
でも、美味しくないものや、お腹いっぱいで食べられないのに無理して食べると、美味しくないし、食事に対してネガティブになってしまう。
「食事は食べられなかったら残しても好いや」と「べき思考」を捨てると、気分が楽になった。
食事から始まり、睡眠にもスケジュール管理にも応用して「べき思考」を捨てると、脳力がようやく解放されて、本来の能力を発揮出来るようになる。
「べき思考」は、いずれ捨てる「べき」(笑)
