
自分がどうしても不快感を感じる場面がある。それは、その人の持つ価値観を押しつけられること。
アドバイスする人にとっては、自身が通ってきた道でどうすれば辿り着けるか分かっているから、「こうすればいいよ」と行動の仕方や考え方のアドバイスを押しつけがちになってしまう。
でも、百人十色という言葉もあるように、色々な人がいて、色々な考え方がある。その人にとって正しくても他の人に正しいとは限らない。
幼少期のトラウマ
最近はトラウマを解消するために参考になる本を少しずつ読み始めている。読んでいると自分の心の奥にある冷凍保存されていたトラウマが解凍されるように感じて案外辛い。
僕のトラウマは幼少期に遡るのではないかと思う。子どもの頃はまっさらで親や環境の影響をダイレクトに受けて生涯影響する価値観が形成される。
お寺に生まれて、父親も同じ統合失調症というある種特殊な環境で育った。物心付いた頃には父はほとんど入院していてほとんど父の思い出はない。当時は今とは比較にならないほどに精神疾患に対する偏見が強く、家族にも病気のことは話してはいけないような雰囲気があった。
その時代に父を支えてきた母も相当なストレスを感じていたことは想像に難くない。たまに外泊で帰って来る父を鬼の形相で睨みつける恐怖は未だにトラウマとなって心の奥深くに残っている。
相手をコントロールしないで!
自分も価値観を押しつけたいところがあって、「僕が簡単に出来たことなのになんで出来ないの?行動の仕方も考え方も道のりも示してるのに🔥」と怒りに近い感情があったように思う。
でも、当たり前だけど自分が簡単に出来ることでも、出来ない人もいる。名選手名監督にあらずという言葉もあるように、名選手に指導されたからといって同じような選手になれるとは限らない。
もし何らかのアドバイスで他人が変わったとしても、それはその人が変わりたいと心から願っているからで、周りの力なんて存在しないほど小さな力でしかない。
他人はコントロール出来ない
アメリカの野球ではバッティングコーチは誰よりも早く来て、1番遅くに帰るのだという。でも、見ているだけで、特にこれといって仕事をしている風にもみえないうだ。
ただ、アドバイスを求めると、大量の資料を取り出し、「好い時のバッティングはこう。今はこうなっている。」と、連続写真を含めた詳細なバッティングデータを持ち出し、選手が納得出来る考え得る最高のアドバイスをして貰えるそうだ。
日本のコーチは選手をコントールしようとしているのではないかな? 他人をコントールして変えることは出来ない。ただ、変わろうと思ってアドバイスを求めたときには、それに応えられるように準備をしている。
その人なりの価値観を尊重する
基本的に他人の価値観を変えることは出来ない。自分自身の心すら思うがままにならないのに、他人が思うがままになるはずもない。
人を動かすというのは1番難しいことで、他人の心や行動までコントロールしようというのは傲慢なことだ。
そのために僕は、まず最初に自分が動く。それをみて興味を持ってくれる人は、「じゃあこれやってみる?」と任せる。
自分の内面の課題
価値観の「押しつけ・押しつけられ」でイライラや不快感を感じるときは、相手をどうにかしようと考えるよりも、自分の中にある心の課題と向き合って自分をブラッシュアップすべき時期なんだろう。
自分のレベルが上がれば世界の平均レベルがちょっとだけ上がる。
大谷翔平が不可能と言われていた二刀流で大成功を収めているのも、野球界全体のレベルを上げ、やがて同じような二刀流の選手も生まれるだろうし、大谷翔平を参考にしたり、アドバイスをもらいたいと思っている選手も多いだろう。
彼が何をしたか? 自分のしたいことをして、彼個人のレベルを上げたことだ。そうすることで全体が変わる。
僕らも同じように本質を誤らずに、自分のすべきことをして自分を磨くことなのだと思う。そうすると特に努力しなくても自然と周りのレベルも上がる。自分が向上したら、周りの人の対応も不思議なほどに急激に変わる。
価値観の押しつけはしない。価値観を押しつけると、同じように自分も価値観を押しつけられる。結局、僕らは他人を変えることは出来ない。自分を磨き続けるしかないんだ。
僕らは窓の外で楽しげに遊ぶ✨
ウィーンでアーティストと一緒に仕事をしていた頃に印象に残っている言葉がある。
アートでは人を変えられない。ただ部屋の中に閉じこもっている人に、窓の外で楽しげに遊んでいる姿をみせることしか出来ない。それを見て良いなと思う人は部屋から飛び出して同じように楽しく遊ぶのだけだよね。
