
統合失調症では常人には耐えられない程の易疲労性がある。問題にならないようなちょっとしたことで脳を酷使して常に疲労困憊💦
それは典型的な症状の1つだから半ば諦めていたのだけど、長い時間を掛けて回復すると、漠然とではあるが理由が分かってきた。
疲労の原因を1つずつ取り除く
僕らが疲労感に繋がる原因をパッと思いつくだけ列挙してみると。。。
心・意識の方向性・思考パターン・志事(使命)・人間関係・物質的環境・生活(睡眠・食事)・行動(身体)
こういうことが思いつく。
易疲労性があるといっても、その原因を1つずつ解決することが出来たとしたら、本当に深いレベルでその疲労の原因と向き合い解決したということだから、やがては普通の人と比べても全く疲れにくくなっていく。
その時々で、自分にとって1番疲労感を感じることを中心に問題を解決していけば好い✨
心
心が疲れるのは、不安や焦りがあるからだ。絶対的な安心感を得ることが出来ると、心から受けるストレスがなくなり、結果疲労も軽減されていく。
意識の方向性
普段どういう意識で過ごしているかというのも重要なことだ。
僕の場合、真面目な性格なのか、あらゆる事を真剣に、悪く言えば深刻に考えるところがある。もう少し鈍感でいい加減な方が、「何事にも動じなくて凄い!」って思われるから、深刻に考えて完璧を真剣に求める意識は変えていかないといけない。
ただ、適当にやれ!ということではなく、心を磨き厳しい場面でも自然体になることを目指すということだ。
僧侶の仕事:深刻に考える性格を変えていく
僕は法事の勤行を務めると、その後昼寝をしないといけなかったり、昼寝をしないまでも疲労困憊で夕方まで低調な時間を過ごすことが多かった。
まず、準備段階から完璧を求めていた。準備としては塔婆を書く、法話を考える、好い声が出るように発声練習は入念にする、勤行の前に身を清めるために入浴し身体を清浄にして髪を剃る。そして、香炉を綺麗に整える。調子の悪い時期は辛かったけど、最近は習慣になって心穏やかに準備することが出来るようになった。その心理的なゆとりで、それまでよりは好いお勤めは出来るようになっていると自分では感じている。
法事の度に塔婆を書くのだけど、塔婆は佛を一体作るのと同じだし、檀家さんにとっては亡くなった方そのものと思われる方も居て、下手なりに真剣に集中して心を込めて書くべきものだと思っていた。今考えると、もっと肩の力を抜いて、穏やかな心で書いた方が良い書が書けるし、ある種の悲壮感な決意を感じるような字よりはズッと好いはずだ。
勤行も「最高の供養をするために、自分が唱えられる最高のお経を唱えよう。感動を与えられるように、威儀作法も最高のものにしなきゃ」という使命感のようなものがあった。でも、佛様に対してそれほど気負わなくても好い。ありのままの僕らを救ってくれる。もっと上手くなりたいという意識を持って、勤行の時には気負わず自然体で臨みたいものだ。気負っていて緊張していると、聞いている方は1発で見抜くから、ありのままの自分で。背伸びせずに。
法話も「心に残って、これからの生き方のヒントになって心穏やかになって欲しい」との想いがある。でも、いくら佛教を学んでいるとは言え、自分よりも人生経験豊かな先輩にアドバイスなんか出来ないよね?僧侶に成り立ての小僧が「南無阿弥陀佛と唱えれば救われます」というのと、80歳の老僧が同じことを言ったとしたら、伝えていることは全く同じにも関わらず、80年の経験がある人の言葉が重みがあるのは自明だし、そうなれるように日々を精進努力しないといけない。
僕が深刻に考える性格なのは、僧侶という職業柄もあるのかも知れない。人の死という人生の一大事に立ち会い、皆の心を穏やかに癒やさないといけない。
そのために周りから見れば深刻過ぎると思われる程、真剣に向き合ってきた。でも、真剣が深刻になるとメンタルは相当辛くなる。
もう少し肩の力を抜いて、大先輩から言われたように「あるとき、適度な緊張感を保ちながら、ふっと力が抜けるようになる」ような高いレベルでの自然体・心と意識の在り方になることを目指して、決して背伸びせずに一歩一歩進んでいけたら良いのだと思っている。
思考パターン
思考パターンは意識しなくても、経験を積み重ねて洗練されてきたものだから、それを変えるのは想像以上に困難かもしれない。時には常識とはかけ離れた方が良い結果が生まれるのだけど、長い間常識と思っていることをスイッチをオンオフするように切り替えられるようになるのは無理。
この思考パターンが辛いと思ったら、地道に少しずつ変えていくしかない。
人間関係
人間関係の辛さも統合失調症に特有なものだろう。陽性症状が出て攻撃的になったり、奇異な行動をしてしまうと、今まで積み上げた人間関係と信頼を一瞬で失い、孤立することもある。
また、外見は普通に見えるから、陰性症状の時期の心の重さというのはなかなか理解されない。「寝たいだけ眠って、好きなことばかりして遊んで暮らしてる!」と周りのプレッシャーを受けがちだ。
生活リズム(食事)
辛いときには、お酒や睡眠薬で頭をボーッとさせて辛さや疲労を麻痺させることも出来る。でも、問題の根本がなくなるわけではないから、その効果が切れたときには再び同じ問題と直面しなくてはいけない。
それを避けるために、またお酒や睡眠薬を飲むと耐性がついてしまい、量と頻度が上がって依存症的になってしまう。
どんなに辛くても、お酒や睡眠薬に逃避するのは絶対に避けた方が好い。依存的になると肉体的にも負担が大きくなる。
