
北京で再発して我を失ったことがあった。
妄想で思考がおかしくなっていた。
ルームメイトのアメリカ人女性に、
Please don’t kill me again!!
(また僕を殺さないで!)
と、妄想全開で訳の分からないことを、懇願するように叫んだ。
は? hoshu何言ってんの?
早く寝なよ(笑)
何事もなかったかのように声を掛けてくれて「あれ?」と、一瞬で正気を取り戻したことがある。
彼女はアーティストで、アートの世界はちょっと変わった人が多いから(笑)ごくごく普通に対応してくれた。
もし彼女が日本にあるような精神疾患の患者への恐怖や偏見や差別の意識を持って接していたとしたら、僕は北京で強制入院になっていただろう。
ちょっとしたひと言や考え方で状態が好転する
初回の入院
22歳の時に統合失調症になって医療保護入院になった。
絶望した。
一生ここから出られないで、精神障害者のレッテルを貼られて、人間失格なんだ・・・。
1996年当時はまだ精神疾患についての偏見も差別も今とは比べられない程強く、社会的な理解も薄かったから、同じように絶望した人も多いのは容易に想像が付く。
そんな僕を救ってくれたのは母の電話だった。
僕を見捨てないで😢
泣きながら電話すると、母は忙しかったのか、面倒くさそうに(笑)
大丈夫よ。
お父さんも同じ病気で3ヶ月ぐらいで元気になったから。
と、あっけらかんと言った。
何だ、治るのか。
と、今までの精神的苦痛が嘘のようになくなった。
3度目の入院
日本に帰ってきて状態が悪いとき入浴していたら、母が包丁を持って刺しに来て湯船がバスクリンのように真っ赤に染まる・・・というような妄想が出た。
風呂から上がると、母が「大丈夫。お母さんが守ってあげる」と毅然とした態度で言ってくれたことで、母親の愛情を感じ安心したことがある。
玉置浩二
統合失調症を公表している玉置浩二さんは、療養中に母から
そんなに音楽で悩むなら音楽やめて一緒に農業をやろう・・・
とのひと言で心が楽になったと著書に書いていた。
岡村隆史
岡村隆史さんも、メンタル疾患で5ヶ月の休養をしていた。
病気の後はポンコツになったと言われていたが、精神的にゆとりを持って考えられるようになったことも、素早い回復に繋がっているように思う。
でも、スベったらどうする?って思ったけど、スベったら辞めたらええか、と思うようになって、通用しなかったら辞めたらええわと思って、やってみた。
やってみたら、あれ?なんかできたな、スベったことも気にならなくなったな。
みんなにポンコツになったって言われたけど、それがスゴい楽になって。
スベっても、俺だけのせいじゃないと思うようになって。
今までは、全部自分のせいだと思っていたけど、相方やスタッフも悪い、それを撮ろうとした技術も悪い、音声も悪い、みんなのせいにしようと思った。
ケアラーの方に
統合失調症の陽性症状の思考や行動は常軌を逸することもある。
最初にそれを観ると、不安になったり恐怖を感じたりもするだろう。
でも、脳が過剰に働いて暴走しているような状態だから、感性も過敏になって相手の考えを何倍にもなって感じてしまう。
不安や恐怖で接すると、当事者はその何倍も不安や恐怖で感じてしまうと言うことだ。
今は薬の進歩や社会的理解もある時代だから、統合失調症もそのうち治るよとあっけらかんと接して欲しいというのが、当事者としての僕の願いだ。
精神疾患は自分をバージョンアップするチャンス
精神疾患は、今までの歪んでストレスのある考え方や生き方を変えて、より成熟した存在になるための試練のようなものだと感じている。
自然体で、本来の自分自身を取り戻して、活き活きと生きられるようになる😃
確かに精神疾患は相当にしんどい・・・。
しんどすぎる😱
でも、辛ければ辛いほど、やがては振り子は逆に振れる。
やがては超越した精神性を発揮出来るようになるよ💕
