
責任感や使命感や義務感などは、ある時点までは自分を成長させるために良いツールだ。
ただ、ある時期が来たら、その感情がストレスとなってしまうから、次の段階のツールで活動すべきだと思う。
責任感
僕は昔から責任感は強かったのかもしれない。
お寺の子どもとして育って、僧侶は変わりのいない仕事だから、何があっても休めない。
そういう意識が自然と身についたのだと思う。
だから、何か仕事をするにしても、完璧主義が強くて、相手の想いを全て叶えてあげたいと自然に思っていて、無理して徹夜することも頻繁にあったし、〆切が短い仕事も引き受けていた。
だだ、そのやり方はストレスが大きすぎて、自分が壊れてしまい、断らざるを得なくなった。
責任感があるのは良いのだけど、責任感がありすぎるのも問題。
使命感と義務感
同様に、使命感と義務感も強かった。
このブログは2012年に始めたのだけど、その当時ネット上には、心が重くなるような記事しか見当たらなかった。
統合失調症という絶望を感じた僕だから、それを世の中から無くすためには自分しか居ない!と、謎の使命感と義務感で突っ走ってた。
365日24時間ブログのことを考えて、時間があれば何かしら記事の執筆をしていた時期もある。
でも、最近は統合失調症が、誰でもなりうる脳の疾患というように、社会的な意識が軽くなっている。
そうなると、使命感と義務感も必要なくなった。
まぁ、ずっと考え続け、書き続けるのは、楽しいところもあるが、基本的にストレスだから。
楽しいことに真剣に取り組む
これからの時代は、楽しいことに真剣に取り組むと成功するようなイメージがある。
大谷翔平・井上尚弥・羽生結弦・藤井聡太など、楽しんで真剣に没頭しているように思う。
昭和は、根性論で苦しい練習を我慢してやることが成功の近道だったと叩き込まれた。
もう、そんな時代じゃない。
責任感や義務感や使命感などの旧時代的な活動源を捨てて、楽しいことに没頭して真剣になる時代に入ったんじゃないかな❓
