
仕事のやり方の変遷
振り返ると、仕事のやり方は年々変わって、徐々に洗練されてきた。20代は闘病生活・30代は海外生活・40代になってようやく僧侶と向き合っている。
でも、どれも一般的な仕事とはちょっと違う気がしてる。。。
海外ではある程度の仕事は出来たから、日本に帰ってきても同じように仕事出来るのかと思っていたけど、僕が経験した北京やウィーンとは仕事の進め方があまりにも違っていて戸惑った。
日本的な観点では僕は仕事が出来ない人らしい。海外でこういうことしてきましたと言うと、虚言癖があるかと思われたほどだ(笑)
ただ、そのお陰で仕事の進め方の良いとこ取りを出来るし、日本の仕事のやり方に慣れてくると海外やアートや僧侶という、ある種特殊な環境で働いていたこともあって、効率は相当に好くなっている。
仕事や勉強のやり方は、それぞれ自分に合ったものを探さないといけない。探し出すまでは大変な旅だけど、目的地に辿り着いたらリゾートを満喫出来るようなイメージ。
陰性症状の時期
陰性症状が酷かった時期は、仕事は全く出来なかった。お風呂や歯磨きや食べることすら辛いのだからしょうがない😭
酷いときには1日20時間ぐらい寝るような生活が3年ほど続いた。
陽性症状と陰性症状
それから、ちょっとずつ回復して、何とか動ける時間が増えてきた。
でも基本的に状態は悪く、1日のうちで朝は絶望、夜は陽性症状のようなハイテンションで天才になるというような気分の波があった。
このときは、まだ仕事はあまり出来ずに、動ける時間が来ると、趣味の日曜大工やバドミントンやバスケや市民講座の韓国語講座や中国語講座や英語講座など、自分の好きなことややりたいことが出来るようになった。
でも、ちょっとしたことで疲れて寝込んだり、家族からは「仕事もしないでフラフラ遊んで💢」というプレッシャーでメンタル的には潰れそうになっていた。
したくないけど無理矢理
状態が好くなってきて徐々に仕事が出来るようになってくると、〆切前には無理矢理に陽性症状の力を借りて寝食を忘れ不眠不休で仕事することもあった。
陽性症状の力を借りて仕事すると、パソコンの前に座っているだけで神が僕の身体を動かして、見ているだけで最高の作品が生まれるような感覚はあった。
しかし、無理にしていたから必ず反動はやって来る。〆切後はしばらく陰性症状の時期に戻ったかのように、数週間寝て過ごすこともあった。
そういう生活にあまりにも疲れて、今まで頼まれていた仕事はもう2度としたくなくなって、完全に手を引いたこともある。
やりたいときにやる
「やりたくはないけど、〆切があるからやる」という意識に疲れてしまって、〆切が迫って来ようとも気分が乗らなかったらやらないようにした。
最初は追われる感じがあって不安だったけど、このやり方の方がメンタル的なストレスが少ない。自然とやる気が湧いてきたらやる感じ。
追われる気分が辛い
次の段階では、〆切に追われるのが辛くなってきた。体調もメンタルも回復してきて、調子の波も穏やかになってくると、毎日少しずつコツコツ継続することが出来るようになってきた。
年齢や状態で仕事のやり方も変わってくる
年齢や自分の状態で、仕事のやり方は自然と変わり、より洗練されてくる。統合失調症は加齢が優位に働くから、今辛い人でも、やがて穏やかになるときが必ずやって来る。
それを楽しみにのんびりとロングバケーションを満喫していたら良いと思うよ🎵
