
お寺に生まれたから、「一に掃除、二に掃除、三四が無くて、五に掃除」と教えられて育った。祖母からは「お寺はキチンと掃除していれば食べていけるから」と言われていた。
幼い頃は素直にそれに従って境内の掃除など、ある程度出来ていたように思う。そのために統合失調症になってからも、脅迫観念のようなもので、多大なストレスは感じながらも掃除は続けていた。
掃除しない入浴もしない北京の経験
しかし、北京で4年ほど生活したら、掃除という概念は根本から崩れてしまった。
街がゴミ箱
北京は黄砂で砂にまみれるから、いくら掃除してもすぐに埃まみれになってしまう。だから、掃除に対する意識は低い。ゴミは道路にポイ捨てする。
朝になれば掃除人が掃除してくれる人がいるからいいでしょ。
街全体がゴミ箱だ(笑)
入浴の習慣がない
また、乾燥気候で常に水不足だったから、入浴の習慣がない。夏でも1週間も同じTシャツを着ている人もいた。乾燥気候だから、匂わないし汗もあまりかかないから不快ではないらしい。
入浴施設がない家もある。夏はどこかで水浴びするからいいのだろうけど、冬は?
入らないのだ(笑)
中国に留学した日本人は寮に入浴設備がなく、泣く泣くトイレで毎日洗面器に溜めたお湯で身体を洗っていたそうだ。。。
北京の悪しき習慣に染まってしまった💦
そういう経験があり、日本に帰ってきてからは、掃除も全くせず、風呂にもほとんど入らない時期もあった。汚れが溜まってもストレスを感じなくなり、それを掃除しようと考えることもなくなった。
部屋に引きこもって人に会わないのに、なぜ入浴しないといけないの?
入浴するコンセプトすら分からなくなっていた。
意識が高まると自然と磨き始める
統合失調症になると掃除が出来なくなる人も多いかと思う。
掃除した方がストレス少ないのに、何で掃除しないの?
そんな難しいことじゃないでしょ?
普通の人は感じるかも知れない。そりゃ綺麗に掃除していた方が心はスッキリすのは統合失調症になっても分かる。
でも、出来ないのだ。
統合失調症という繊細な感覚を保っていると、簡単な掃除をすることですら多大なストレスを感じて活動停止してしまう。
更に、汚れていてもそれが問題にならないほど、内面で大きな心の問題と戦っているから、精神的なゆとりがなくなってしまう。
綺麗だとストレスは減る
ウィーンにいた頃には、隣に100歳のおばあさんが住んでいた。とても元気で、買いものも自分で歩いて行くし、笑顔が素敵な女性だった。
あるとき、招かれて彼女の家に行く機会があった。すると、不要なものはほとんどなく、テーブルの上に花が飾られているぐらいで、掃除も行き届いている。
物が少なくて、綺麗にしていると、それだけストレスが少ないのだろうと思ったことがある。
意識が高まると自然と掃除が出来るようになる
掃除が出来て一人前!
職人の世界では、しばしば言われているように、もしかしたら理想的な心の在り方に近いのかもしれない。
統合失調症との戦いで自然と心が磨かれ、それが周りの環境にも投影されて、掃除に繋がるということだろう。
掃除や整理整頓が行き届いているかどうかで、今の自分の心の状態がハッキリ分かる。
統合失調症の意識の高さ
統合失調症になる人は、想像の範疇を超えるような感性があるから、意識が高すぎるタイプもいるかもしれない。「やらなきゃ!」とか「がんばらないと!」とか強烈に思いすぎて脳がオーバーヒートして何も出来なくなってしまう。
でも、それは、悪いことではない。
闘病期間は長く辛い。長い間普通の人には思いもよらない心の深淵に向かい合い、試行錯誤し向上する時間があるということだ。
やがては辿り着く
そしてやがては、その意識の高さを受け止めるだけの器が出来あがる時がやってくる。苦しみが大きければ大きいほど、やがて振り子逆に振れたときには、真逆にある高みにたどり着ける。
そうなると、後は自分を高いレベルで磨く時期になる。
統合失調症からの回復は、普通の病気に比べて長い時間が必要となる。しかし、理想的に回復すると、普通の人では絶対に辿り着けないような高い意識レベルになれる。
それが現実の環境にに投影されて、自分の周りの世界を急激な勢いで好転させることが出来るようになるということだ🌍
