
高校生の頃から陽性症状のようなものが出ていたこともあって、僕は病的に自分に対する合格ラインが高かった。
誇大妄想
様々な要因はあるだろうけど、子どもの頃のトラウマで「完璧じゃないと愛されない」という恐怖心もあったこと、統合失調症の前駆期の誇大妄想があったことが大きな理由だと思う。
バスケットボール
高校から始めたバスケットに夢中で、当時はスラムダンクという漫画の全盛期で、バスケの神様マイケル・ジョーダンに憧れていた。
「24時間バスケがやれたら好いのに」と感じていたし、午後の授業になると身体がウズウズして一刻も早くボールに触りたくなっていた。
誰よりも早くコートに行き、練習後も延々と1人で自主練習をしていた。
身長は170cmしかなかったけどジャンプ力はあって、ダンクは出来なかったけど、試合でレイアップシュートを決めると、その高さに会場がどよめく程だった。
高校から始めたバスケットボールだけど3年の時にはキャプテンとなって、チームの中心だった。
バスケの練習をしていると、体育館の窓から覗いていた女子たちにキャーキャー言われていたりもしていた。
この時の誇大妄想で、「NBAに行って、低身長で革命を起こしたい」というのを割と本気で考えていた。
バスケをやる以上は、それ以外の道は失敗なのだと思っていた節がある。
大学受験:屈折したダンディズム
バスケットに夢中だった高校時代。
大学進学も考えていたので、勉強もそこそこ頑張っていた。
子どもの頃お寺に育ち、お寺の子は何か特別だと思われるのが嫌で、テストの順位は校内で10位前後を保つようにしていた。
あまりにも成績が低くても恥ずかしいし、あまりにも高くて変に目立ってしまうのも嫌だった。
地方の高校で偏差値は大したことない学校だったけど、それでも「地方からだったら凄いね」といわれる国立大学には現役で合格した。
ただ、受験勉強時代に読んだ本に影響を受けてしまった。
元暴走族の総長で、彼女に振られて見返すために一念発起して、睡眠もほとんど取らずに勉強をし続け、念願の大学に合格したという塾講師の本に影響されて、そういうのがカッコいいと憧れてしまった(笑)
更に、つかこうへいという直木賞作家の「蒲田行進曲」という作品に描かれた、ヤスという人の生き方にも衝撃を受けた。
救いようのないような奴なんだけど、それでも泥水をすすり必死に生きている。
今まで思っていたのとは違う真逆にある格好良さ!

この図で言うと、「Hard life」の苦しさの中で頑張っているのが1番格好良いと感じた、屈折したダンディズム。
そういう背景や統合失調症の誇大妄想もあって、「よし!俺もそういう生き方をしたい!そのためには3浪して京都大学医学部に行くことだ!」という、今考えると常軌を逸している思考が始まっていた。
結局、受かった大学には行かず、浪人した。
周りには「頭がおかしくなったんじゃないか?」みたいに言われていたけど、実際おかしかったのだから💦
その状態で受験勉強に集中出来る筈もなく、家族は3浪させる気はサラサラなく、結局は2浪して、家族への当てつけのように、現役の頃に合格した大学よりレベルの低い国立大学に入学した。
入学しても授業には全く出席せず、寮の部屋に籠もって、誰とも関わりを持たずに受験勉強をして、3年目に晴れて京都大学医学部に入学しようと当時流行していた仮面浪人だった。
しかし、人と関わらず、ろくな食事も摂らず、睡眠時間は削って、徹夜を5日続けたら、統合失調症の急性期がやってきて、警察のお世話になって医療保護入院となってしまった。
支離滅裂な思考
当時はもちろん病識なんかなくて、入院中の保護室で「ここが精神病院なんだ」と気付いた時の絶望は筆舌に尽くし難い。
社会不適合者として一生病院に閉じ込められて過ごし、未来への希望は一切無い自分。
暗闇より深い暗闇、地獄より過酷な地獄の住人となった。
今考えると、発症前は支離滅裂な、統合を失調した世界のに生きていたのだと実感する。
自分に対する合格ラインが病的な程に高く、統合失調症という不可解な疾病の、常軌を逸した思考と行動があった事は疑いようのない事実だ。
合格ラインが高いのもそれほど悪いものではないかも
しかし、発症から27年経った最近は、統合失調症の絶望の真逆にある、光の世界というか、明鏡止水の心境というか、そういう境地に辿り着いて、驚くほど穏やかな心で過ごせるようになった。
Hard Life から Easy Lifeへの転換♻
ようやく長い時間を掛けて振り子が逆に振れたのだ❗
そういう状態になってから過去を振り返ると、病的に高い合格ラインも、そこまで悪いものではないと感じるようになってきた。
生きてるだけで100点満点
ネット上では、「食べて、うんこして、寝てるだけでも生きてるだけでいいから。お母さんはそれで幸せなの」とか、「今日も生きてて偉い!」とか、「死ぬこと以外かすり傷」とか、精神疾患になってもありのままの自分で大丈夫🎵という勇気が出るメッセージに溢れている。
それは、言葉としては理解していたのだけど、実際のところいつまでも完璧主義で合格ラインが高すぎることもあって腑に落ちることはなかった。
合格したら楽になる
大学受験でも、高校生の頃は5教科まんべんなく勉強しないといけない人がほとんどだと思うけど、いざ目標とする大学に入ると、後は自分がやりたかったことだけをしていけば良くなる。
僕は、ようやく自分自身の合格ラインに達して、これからは今までのように全ての事に完璧を求めるのではなくて、やりたいことを自分のペースで、やりたいときに、身体に気を遣いながら、ゆっくりと歩んでいけば良いのだと思えるようになった。
今まで、酷使してきた身体と精神をようやく休ませることが出来るようにまで心が磨かれた✨
統合失調症という絶望を乗り越えて
統合失調症は筆舌に尽くしがたい程に辛い経験だった。
でも、試練が大きければ大きいほど乗り越えた時の達成感はもの凄いし、自分でも驚くほど精神的に高まるし、現実の世界にも不思議と自然にそれが投影されていく。
穏やかな悟りの境地とでもいうような、涅槃寂静の心境にもなる。
それが、本当の意味で人生の目的かもしれないし、本来ありのままの自分を取り戻したということかもしれないと思う、今日この頃だ。
という妄想?(笑)


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