
大学浪人中は、勉強の効率のことばかり考えていた。特に僕は受験戦争時代で、人より速くどれだけ成果が出るか?という至上命題を時代が求めていたし、効率を良くすることを追い求めて、「どうしたら効率よく勉強出来るか?」みたいな本ばかり読んで、勉強がおろそかになってしまったという💦
効率は考えるのは時代遅れ🌍
効率良くしようと考える必要はない。特にこれからの時代は、効率性や合理性はAIの得意とするところだから、そんなことはAIに任せて、僕らはよりクリエイティブな仕事に熱中できる環境が整いつつある。
例えば、AI動画の進歩で、個人で映画も出来るようになるだろうし、今までの時代よりも、より人間の本質的な部分に焦点を当てて活動出来るようになる。


効率を求め過ぎると、却って効率は悪くなる
人々が8時間労働になったのは、産業革命以降だそうだ。それ以前はいかに勤勉な日本人とは言え、昼過ぎには1日の仕事を終えていたという。
そうしないと、電気のない時代だから、お風呂に入ったり、晩ご飯を食べる暇もなくなってしまう。
産業革命では、いかに労働の効率を上げるか?というのが第一命題で、最初は1日16時間無理矢理働かせるような過酷な労働環境だった。
しかし、それでは集中力が落ちて、事故も多くなり、仕事が思うように進まない。資本家は労働時間を研究して、最低の賃金で最大の利益を生み出すのは8時間だと分かってから、人は1日に8時間働くようになったらしい。
効率を求め過ぎると、却って効率は悪くなる。自動車のハンドルのように、多生の遊びがないと、ちょっとしたミスですぐに事故してしまうよ。


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