
症状が酷いときには基本的に努力は出来ない。毎日がいっぱいいっぱいで、息をして生きているだけでも普通の人以上の努力で、それ以上努力するゆとりはないからだ。
だから、今までは「努力なしで楽しみながら向上する」ということをブログでは伝えてきた。症状が悪いときに向上するためには、それしかないんじゃないかと想うから。

楽しかった時期
小学生:勉強が楽しかった😃
保育園では、つまらない遊びと昼寝とか意味が分からなくて、登校拒否してほとんど行かなかったけど、小学校に入学したとき勉強が楽しさに衝撃を受けた。

こんな面白いことを毎日無料で教えて貰えるの❓
最高じゃん❗
6歳の僕は思った。学べば学ぶほど、知らなかったことを教えてもらうことが面白かった。学こと自体が楽しかったんだよね。
バスケに夢中
高校生の頃はバスケに夢中で、部員の中では1番練習していて、高校から始めたバスケだけど、高3の頃はキャプテンにもなった。
出来なかったプレイが出来るようになったり、ジャンプすると空を飛んでいる感覚になったり、難しいシュートが決まったときの快感や、試合に勝ったときの充実感は例えようがない。
ピアノに夢中
ピアノを学んでいたこともある。夢中にになって弾いていると、一晩眠ると昨日弾けなかった曲が急に弾けるようになったり🎹✨
相撲では「一晩寝ると強くなる」時期とか、将棋では「一晩寝ると角1枚強くなっている」というような表現がある。僕もピアノに関しては、それに近い感覚で練習できていた。
やがて楽しくなる
心身の重さから回復すると、だんだんと活動的になる。出来なかったことが出来るようになったり、結果が出たり、上達を感じて楽しい気分が大きくなると爽快感がある。
その感覚を何回も味わいたくて、「もっとしたい!」という好循環になる。そうなると、傍から見れば壮絶な努力に思えることも、楽しみながらオートマチックで成長していく。
山頂に辿り着く過程が楽しい🎵
例えば、山頂に一歩ずつ歩いて苦労して辿り着いたときに見る風景と、ヘリコプターで山頂に降り立って見る風景は、同じだ。
でも、感動は自分の足で一歩一歩歩いて辿り着いた方がズッと大きく感動的だろう。
山頂に辿り着くのが目的というよりは、その過程を楽しむのが人生なのかもしれないと思うようになってきた。

苦労して最終的に楽しんだらいいよとみんないうけど、楽しむ意味が分かってない。
苦労することが楽しむこと。
試行錯誤しながら、苦労や困難や逆境と思われることを乗り越えていくことが楽しいことで、精神的にもっともっと成熟出来る。
やがて楽しくなる

何事も長く続けることです。
そのうちに楽しくなります。
楽しいと思ったら一生続きます。
大先輩の僧侶の金言のように、楽しめるよになったら、人生は驚くべき勢いで好転していくみたいだよ✨
上達するともっともっと楽しくなる

なんでもそうだけど、ずっと続けていると上手くなる。
上手くなるとまたおもしろくなってきて更に一生懸命やろうという気になってくる。
そうやって一人前になっていくんだと思う。
最近は、掃除も断続的だけど継続して続けていると、コツが分かり、ハードルが低くなって、掃除で磨かれているのが面白くなってきた。
数十年離れていたピアノも最近再会して、昔のように完璧に弾けることを目的とするのではなく、毎日上達を楽しむ意識になってからは、とても面白い🎵
何事にしても上手になりたいと心から願って続けていると、良い情報が手に入ったり、面白いことを思いついたり、良い道具に巡り会えたり、チャンスが巡ってきたりと、上手になるにつれて楽しさはもっともっと大きくなる。



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