
診察日だった。主治医とはもう1996年の措置入院からお世話になって、今に至るまで毎月のように会っているから、世間話になることも多い(笑)

調子はどうですか?

だいぶ安定してきてます。
挨拶が済むと、今日はお寺の経営の話になった(笑)

これから寺院数は半分になるというから、競争になって合併吸収になるんだろうね。病院もそのうちそうなっていくかもね。
診察時間は毎回20分程度で、世間話に終始していることもある。たまに、早く終わんないかなとか思ったりも(笑)
一通り寺院経営・病院経営の話が終わると、今年の目標として、

今年1年は結果を求めるよりも満足感を求めたい
と、昨日考えたことを話してみた。


満足感って、気分が好いときで、むしろ陽性症状に近くないと感じられないんじゃない?
確かに陽性症状で感じる、全知全能の神になったような爽快感は経験したものにしか分からない。でも、そこには「楽しすぎる!」という興奮はあっても、今感じているような穏やかな満足感とは別の種類のものだ。

怒りや不安や焦りなどを1つ1つタマネギの皮を剥くように解決していったら、最後に残るのは、穏やかな満足感じゃないのかなと思ってます。


タマネギの皮剥いていったら、最後には何も残らないじゃん(笑)そこまで行ったとしたら、もしかしたら怒りや焦りや不安を感じることに満足感を感じていたと思うかもしれないよ。僕は、そこそこの幸せ、そこそこの満足感を感じながら1年過ごそうと思うよ。
やはり年齢が僕より20歳上で、精神科医だけあって、洞察が深い。
でも、どうなんだろうね。僕が穏やかな心地良い満足感を得られるようになったのは、1枚1枚丁寧に不安の皮を剥いていって芯に近いところまで心を高められたからだと思っている。
統合失調症で過敏になった僕らが感じる怒りや焦りや不安感は、ある意味で病的で、もしかしたら社会生活が不可能になるほどに想像を絶するものかもしれない。
でも、丁寧に大きな問題から順番に解決していくと、やがては振り子は逆に振れて、何もしなくても穏やかな満足感を感じられるようになり、それが現実にも投影されていくものだと思っている。


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