飛び込んでみたら案外どうにかなるものだよ

22歳のときに統合失調症を発症して、30歳を過ぎてから海外で4年間の生活経験がある。

北京時代

20代の頃は、ほぼ引きこもっていたのだけど、地元でたまたま知り合いになった中国人から北京で一緒に働かないかと誘われた。

その当時は根拠のない自信に満ち溢れていたことと、家族との関係が悪化していたことで、その話が来たとき即決した。

中国語も「谢谢」と「你好」ぐらいしか分からないのに

hoshu
hoshu

自分なら3ヶ月で喋れるようになるから大丈夫だろう

と、ポジティブ過ぎる思考で2週間ほどの準備期間で北京に飛び立った!

結局は北京で計3年過ごしたが、英語で充分だったし、忙しすぎて勉強する暇がなく、中国語は片言でしか喋れなかった💦

 

服薬に関しては、1年に1回帰国したときに1ヶ月分の薬を処方してもらい、上手にコントロールして、1年を過ごしていた。

もし北京で統合失調症が再発して病院に運び込まれたら、

hoshu
hoshu

精神障害者ということでもしかしたら一生オリの中に閉じ込められるかもしれない!

という偏見もあって、観光や遊びにもあまり行かずに、出来るだけ眠って過ごしていた。

主治医
主治医

一生出られないってことはないよ(笑)

それにしても、極々軽い薬で、1年に1回の診察で調子を保っている。

学会に報告したいぐらいだよ。

と、先生には言われていた。

 

今考えると、保険も入らず、もし病気になったりしたらどうなっていたか分からない。

怖いことをした。

もし当時、誰かに相談したら、1000人のうち999人は、

無謀だ。失敗するに決まっている。行かない方が好い。

と、アドバイスされたことだろう。

ウィーン時代

でも、北京でオーストリア・ウイーンを中心に活動している有名なアーティストEdgar Honetschläger さんに出会い、意気投合して、

edgar
edgar

ウィーンにアシスタントとして来ないか?

と、またまた誘われた。

 

オーストリアでは有名なアーティストで、日本の朝日新聞の一面に彼の作品の記事が載ったこともあるし、オーストリア航空の機体に彼の作品が描かれていたりもした。

 

それほど有名なアーティストから呼ばれるってこと、常識で考えてあり得る?

パソコンが多少得意で、中国語も片言、英語も片言、ドイツ語は全く分からない。

あるのは統合失調症という繊細な感性のみ!

そんな人が有名なアーティストのアシスタントとしてどうやってやっていくの? 笑

 

そんなこんなで海外生活の4年間はウィーンと北京と東京と実家を行ったり来たりして、合計すると北京で3年、ウィーンで1年活動したことになる。

オランダのアート雑誌にhoshuの名前が載ったこともある。

Beijing Holiday

1番の仕事はEdgar Honetschläger監督作品「北京の休日」で助監督・北京での現地監督となったことだ。

北京の休日は、台湾の故宮国立博物院で上映するために創られた作品で、台湾では新聞の一面に大きく取りあげられた作品だ。

この作品は、北京での映像が大きく評判になったが、それを撮ったの監督ではなく僕。

彼は北京ではなくウィーンにいてメールでやりとりして、北京の映像部分は僕が監督となって撮影した。

 

田舎に住んでた統合失調症で引きこもりの僕が。

1歩踏み出してみよう!

好く、海外に行きたいという相談を受けることがある。

でも、本当に行く人はほとんど相談しないで、気付いたら行っている。

相談するような人は、どこかで「ちょっと難しいな・・・」と考えて、夢を先延ばしにしている印象がある。

出来ない理由を探して、「やっぱやめとこう」とか「そのうち・・・」とか。

でも、「今」やらなかったら、未来永劫その時はやってこないよ。

思い通りやった方が後悔は少ない

老人ホームで良く聞かれる公開が、「もっと思いきって飛び込んでいれば好かった」というようなものだそうだ。

野茂英雄
野茂英雄

思いどおりにやったほうが後悔しませんよ

「ゼロから1への距離は1から1000までの距離よりも遠い」というユダヤの格言もある。

足を1歩踏み出せば、後は楽❗

「一動一進!」1つ動けば1つだけ成長する❗❗
(≧∀≦)

 

思いきって実践してみるのも好いかもしれないよ。

 

大丈夫!

その超越した感性でどうにでもなるから😃 (幸せ回路作動中🎵)

飛び込んでみれば案外どうにかなるものだよ!