
陰性症状ではとかく焦りがちだが、その時期は最低限の課題だけをして、後は休むのが仕事と思ってゆっくりすると案外回復は早い。

回復曲線

一般的な回復のイメージは左の図のようにイメージする方が多いかもしれないが、実際には右の図のように上がったり下がったりを繰り返して徐々に回復していく。
無理しすぎない
何かをやり始めて数日続けたとしても、気合いや根性で無理しすぎると、ある日突然体調が悪くなって数日休んでしまい、今までの努力が無駄になってしまうこともある。
そうなると、2歩進んで3歩下がるような生き方になってしまう。
それに気付くのに長い時間が掛かったが、焦らず年単位でゆっくり回復している自分の身体と脳を信じて、任せきること❗
痛む膝で何が出来るか?
集中力が落ちたり、やる気が無かったり、認知機能が落ちて本やテレビが見られなくなったとしても、それを嘆くのではなく、その状態を受け入れ、その状態でも出来ることを見つけていくと回復は早い。

膝が痛かったら、痛む膝で何が出来るか考えればいい。
祖父は穏やかで全く怒らない人だったのだけど、80歳を過ぎて身体が思うように動かなくなると、やはりイライラすることが増えていった。
僕らは統合失調症になり、ある意味では老人よりも能力が落ちてしまったことがある。それを経験しているから、年を取ってもある程度は心を穏やかに保てるのではないだろうか?と、漠然と空想している。
若いうちに絶望を知って乗り越えているということだから。
出来ることが増えると楽
波はあるが徐々に最低限出来ることが多くなっていく。
僕も陰性症状が酷かった時期は、睡眠薬で睡眠に逃避することしか出来なかった。1日に20時間睡っていたこともあったし、起きて食事をして、睡眠薬を飲んで又眠るというような辛さも経験した。
それから徐々にではあるが、睡眠に逃避する必要がなくなり、色々と意欲も湧いてきて活動的になった。調子が悪くとも、昼は起きていられるようになったし、食事も自分で作れるようになっていった。
身に付けたものはなくならない
なんやかんやで僕は2000年に僧侶の資格を取って、今年で25年目になる。
統合失調症の陰性症状で人よりは成長速度は遅かったが、流石にそれだけ続けていると資格を取り立ての若い頃よりは出来ることも増えている。
例えば、書道も最初書いたものは今見ると超絶下手で恥ずかしくなるけど、気分が乗らなかったり良い字が書けなかったと思うときでも、その時の字よりは上手になっている。
勤行の勤め方や、掃除の仕方なども上手になっているし、身に付けたものは一生なくならない。
ゼロから始めなる必要がなくなる
経験を重ねて楽に感じるのは、全てをゼロから始めないでも良いということだ。
今まで歩んで来た道のりがあるから、ある程度右か左ぐらいは最初から分かるようになっている。紆余曲折を経て今に至るわけだけど、1番辛いのは右も左も分からない時期。ある程度右と左が分かるようになったら、もうどちらが右でどちらが左か考える必要もなくなる。
例えば、料理が出来ないときには色々な料理のレシピを勉強するけど、いったん頭に入ってしまえば後は最初の頃のように料理のレシピを詳しく学ぶ必要はなくる。
赤ちゃんは語学の天才で驚異的な速度で言語を覚えるが、現在のテクノロジーを有効活用すると、大人は論理的な思考が赤ちゃんより優れているから、天才でなくても赤ちゃん以上の速度で言語を習得出来るひともちらほら生まれてきた。
重厚な経験に裏打ちされた、ある程度の能力と自信があれば、盤石な基礎があるということだから、これから先は今までより容易に、飛躍的なスピードで進めるようにやることは約束できる。
経験を重ねるごとに経験値も能力も心の在り方も自然体になって、全てが好転して楽になっているのを感じているよ😀


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