
小さい頃から考えすぎる傾向はあった。統合失調症の症状が出て、初回の入院直前が1番酷かった💦

お前は理屈ばっかりこねるな❗💢
と、激怒されたこともある。
入院していた時期は、年配の人にアドバイスされた。

お前は頭が良すぎ。
そんな考えんでいいんよ。
数十年間入院している人だったから、色んな精神疾患の方と関わって来て、精神疾患になりやすいタイプには「頭が良すぎて考えすぎる人」も多いんだなって思った。
法話
僧侶という職業柄、法事の後などに法話をすることもある。

心に響く話をしなきゃ・・・。
少しでも心が軽くなる話をしなきゃ・・・。
考えすぎてプレッシャーを感じていたのだと思う。あまりに考えすぎて、法話が怖くなってしまっていた😱
国宝級の鈍感力
それが楽になったのは久しぶりに僧侶仲間と行った飲み会で兄の話になったときのことだ。
兄は国宝級の鈍感力を持っていると周りから評価されている。僕とは真逆のタイプで、2人足して半分に割ったらちょうど好いのにと言われることもある。法話なども20年ぐらいずっと同じ話をしている。

お前の兄ちゃんは、いつも同じ話をしてるから覚えちゃったよ(笑)
たまには違う話をしてって言ってて。
檀家さんに言われたこともあり、それを伝えたが国宝級の鈍感力には響ず相変わらず同じ話をしていた。それが最近は反応が変わって来たという。

最近は「良い話だった」といわれること多いけど、20年前から同じ話してるんだけどね(笑)やっぱ、年齢かな。若いとなめられるからね。
「同じ法話を100回しろ!」とは良く言われるが、それだけ同じ話をしていたら血肉になったということなんだろう。
良い話
祖父は法話が上手いと地域で評判だった。残してくれた法話の原稿ノートも50冊以上はある。
ある檀家さんが思い出話をしてくれた。

爺さんは本当に好い話をしてくれたよ。
内容は全く覚えてないけどね。
って(笑)
考え考えて達する結論
釈迦は苦行の末に「苦行では悟れない」と悟った。
法然上人は必死に学問をして「学問では悟れない」と悟った。
僕が、考えて考えて最終的に出た結論は「あ、別に考える必要はないのか」ってことだ。どれだけ考えてたって話だよね(笑)
直感・感性・右脳
左脳で悶々と考えて決断したとしても良い結果になることは少ない。左脳は目の前の道しかみえないからだ。
そういう思考になると、「努力すれば何とかなる」と間違った努力をしたり、「想うは叶う」などのスピリチュアルを信じてしまい、何もしないでただ壮大な夢を語ったりする。
残念ながら、その夢が叶うことはない。
あくまでも自然体で。直感・感性を信じる右脳的な生き方の方がスムーズで楽しい✨
右脳的感覚を開くと、どうすればいいか?という場面になっても、当たり前のシンプルな解法が自然と頭に浮かんで来るようになる。左脳が目の前の道しか見えてないとしたら、右脳は遙かに高い空から全てを俯瞰している程に、右脳の処理能力は比較にならないものだという。
右脳中心で活動していると、考えなくても自然と良いアイデアがぽんぽんと思いついたり、奇跡的な状況が当たり前のようにやってきたりもする。ほぼ確実に望んだ道へと導いてくれる。
神が自分の中に入ってきてアイデアをくれて、身体を動かしているというか、そういう感覚にすらなる。
直感と感性に任せて自由に。そうなると、「想わずとも叶う」ようになるよ🌍



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