
僕は子どもの頃から、興味のあることには相当の集中力があった。
自分では記憶のない幼い頃だが、草刈りバサミで庭の草を刈るのが面白くて、お寺の広い境内でずっと草を刈っていた。
そして、母に、

腕が痛くて動かない😢
と、泣きつくまで草を刈っていたそうだ。
学生時代、勉強のやり方も同じだった。
普段は宿題もあまりせずに、叱られることは多かったが、テスト前の一夜漬けで、ある程度の成績を収めて、地方の進学校からは珍しく、京都教育大学という国立大学に現役で合格することは出来た。
でも、その前から受験のストレスで思考がおかしくなっていたのか、

京都教育大学は行かない。
3浪して京都大学医学部に行こう!
と、入学せずに浪人した。
なぜ3浪かというと、人生の辛酸を舐めて、頑張っているよう感覚が最高だと思っていたからだ(笑)
結局は2浪したときに、家族に説得されて、宮崎大学に入学して、統合失調症を発症して退学したのだけど💦
ウィーンでEdgar Honetschläger さんのアシスタントをしていた頃も、

hoshuは仕事を始めるまでは時間が掛かるけど、1度始めると理想以上のものを創ってくれる。
と、言われたことがある。

もしかしたら、普通の人はここまで深く集中出来ないのかな?
と、最近は思うようになってきた。
そのためにコツコツ教を信奉する人が多いのかもしれない。
疲れたり、面倒くさくなったり、サボりたくなったりするのは、神さまがくれたブレーキで、ブレーキが利かないと、脳が限界を超えてしまう。
統合失調症は、普通の人では疲れてリミッターが機能する場面でも、そのリミッターを外してどこまでも集中出来る能力があるように感じている。
ストレスが大きいと、脳が限界を超えてオーバーヒートして暴走してしまい、また脳を過酷に使った反動で、陰性症状になってしまう。
最近は1時間ほどの法話を頼まれる機会もあるが、直前にならないと原稿を創る気にもならない。

40年以上そのやり方である程度の成果は出てるから、コツコツ積み重ねるより、爆発的な集中力があるときにすれば好いか🎵
と、楽に考えられるようになった。
リミッターを外せるほどの集中力というのは、ある種の「才能」だから、一般の常識に捕らわれずに、自分なりのやり方を洗練していけば、更に好い仕事が出来るのではないかと感じている。


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