絶望感から希望を見いだすこと

統合失調症になると、深い絶望感に襲われることが度々やってくる。

統合失調症という絶望

僕の場合は、トイレと布団しかなく内側から鍵の開かない保護室に入れられたとき、「精神分裂病(統合失調症の旧名)」という診断書の文字を観たとき、保護室で四肢拘束されて身動きが取れずオムツまではめられたときが、それに当たる。

保護室で感じた絶望

最初の入院では錯乱状態で保護室に3週間入っていた。

ここが現実なのか夢なのかも分からなかった。

そのうちに落ち着くと、「ここは精神病院で僕は精神病とレッテルを貼られたのだ・・・」と気付いた。

これからの人生では結婚や就職はおろか、社会生活さえ満足に出来ず、家族には見捨てられて一生病院暮らしになると感じてしまった。

24年前の社会的な酷い偏見が僕にもあったのだろう。

今となっては、そういうことはないと分かっているのだけど、当時無知な僕にとっては絶望より深い絶望だった。

統合失調症という診断

そして後に診断書に「精神分裂病」の文字を観たときには、自分が精神障害者というのは紛れもない事実なのだなと感じてしまった。

その現実を受け入れるのがショックだろうからと、統合失調症であっても診断名を告げるのに慎重になる医師もいる。

自分はきちんと知らせた方が、それを受け入れて対処出来るから、伝えて欲しいとは思うのだけどね (^_^;

四肢拘束とオムツ

3度目の入院で、保護室に入れられたときに、はしゃぎすぎて(笑)飛び回って頭を壁に強く打ち付けて、流血した。

で、そのまま四肢拘束。

このときも錯乱状態だから何が起こっているのか分からなかったというのが正直な感想だ。

気が付いたら手足を縛られ、身動きも出来ず、もちろんトイレにも行けないから紙おむつをはめられた。

食事の時も看護師に食べさせてもらっていた。

 

Lineグループでも四肢拘束を経験した方は、その後自信を失ってしまう人が多いが、自分も同じく2年ほどは自信を喪失してしまった😢

特に陽性症状のノリノリの感覚で過ごしてた後の発症で、最高の状態から最悪の状態に落ち込んだということで、その絶望の深さというのは筆舌に尽くしがたい。

 

「四肢拘束は人権侵害である」と論ぜられるが、四肢拘束は正に精神をコロス。

ただ、これほど自信喪失した経験と、これから自信を回復する過程を考えると、最悪の状態を知っているからこそ分かることもあるだろうし、似たような場面になっても、「四肢拘束に比べたらどうってことない(笑)」とどーんと構えられるようになる(笑)

統合失調症と自信の回復

落ち込んでいた時期は続いていたが、それが回復したのは、結局自信というのは徐々に回復するしかないんだなと気付いてからだ。

陰性症状で眠るしかない時期から、ちょっとだけYoutubeが観れるようになった、漫画が読めるようになった、ドラマで楽しめるようになった、などちょっとした変化でも、回復の過程にある。

 

昔の自分を100として比較して苦しみ、いきなり100に慣れない自分を否定することは必要ない。

今の自分は-100かもしれないが、1つずつ進むと-99になり、それを繰り返していくと、また100になることも可能だし、それを超えることすらあるかもしれない。

逆境は強い人にしか与えられない

逆境は強い人にしか与えられない。

辛い時は伸びるための絶好のチャンスだ❗❗

 

高く飛ぶには膝を曲げないといけないように、やがては振り子は逆に振れて、絶望の反対側にある希望に辿り着けるということだ。

少しずつ着実に回復していこうよ!

あのマジック・ジョンソンがHIV感染を発表したとき…
俺は「なんでよりによってマジックが」と思った

あれ以来よく考えるんだ
神サマか仏サマか何かそれっぽいものがいるとして
その神サマは「この人間だったら乗り超えられる」
そう判断してマジックを選んだんじゃないかって

俺の勝手な考えだけどさあ
その神サマがお前のことも見てるんじゃないのかなって
この子ならきっと乗り越えられると判断してお前を選んだ…
俺は最近そう思うんだ

井上雄彦「リアル」第3巻