
統合失調症などの精神疾患を患っている人は、孤独になり、1人ですべてを抱え込む傾向があるように感じる。
僕の場合は、それに加えて祖父の影響が大きい。
祖父は人にお願いすることはほとんどなく、無言で自分の力で何でもやっていた。
晩年調子を崩して寝たきりになったときにも、

何もしてないのに、ばあちゃんにご飯作ってもらうのが忍びない。
と言っていた。
祖母は、50年も一緒にいるのに何言ってるの(笑)と笑ってた。
それを観て育ったからか、「自分で出来るのに人に任せるのは申し訳ない」という気分が強く、自分の身体と精神を犠牲にして、いっぱいいっぱいになりながら何とかこなすような仕事をしてきた。
自分がいなくなっても大丈夫
それが、「頼っても大丈夫🎵」と意識が変わったのは、3回目の入院をしてからだ。
入院前は忙しく、お寺で子どもを集めて簡単な修行をする行事が、実家の寺で開催されることが決まっていた。
そのための準備をしているときに運悪く再発して、僕がその子ども修養会に参加することが出来なかった。
しかし、僕がいなくても、家族だったり、同僚の僧侶だったり尽力してくれて、無事に終えることが出来たことを入院中に聞いた。
自分がいないと回らないと思っていたけど、案外世界は上手く回るものだよね。
人に任せることで自由になれる

自分にしか出来ないこと以外は、人に任せる。
ワクワクすることしかやらない、他は人に任せる!
ただしこれは、「人をこき使え」「時間を奪い合え」という話ではない。
何かを他人に任せることで、あなた自身もその人も同時にバリューを発揮できることが望ましい。
自分が出来るからと言って嫌々やってたら、楽しくないことし自由でもないよね💦
それはもしかしたら、他人がワクワクすることかもしれないし、他人の成長の機会を奪っていることにもなりかねない。

家事は女性がやると決める必要はないの。
ただ女性の得意分野は家事であることが多いから、そうなっているだけなの。
相手を信じて、任せればいい。
その方が自分も楽だし、相手も頼られてやりがいがある。
仕事を生み出してあげることにも繋がるし😃
差し伸べられた手を握り返す
僕らは1人ではない。
仲間がいる。

人生の変わり目には必ず手を差し伸べてくれる人がいる。
それを受け取れるくらいの、世の中と向き合う気持ちは忘れないでほしい。
差し伸べられた手を握り返すくらいの勇気は忘れないでほしい。
自己犠牲というと献身的で善良なポジティブな語感もあるけど、自分を大事にしない人は他人を大事に出来ないよね😊🍀
自分を大切にするためにも、洗練されたものを生み出すためにも、任せられるところは任せよう。


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