怒りやイライラは自然な感情

 

統合失調症と易怒性

統合失調症になると、易怒性という症状もあって、強烈な病的な怒りを感じることもある。

初回の入院で地獄を垣間見て、

hoshu
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あの苦しみが世界にあることが許されるのか!

と、抑圧された強烈な怒りをずっと感じてた。

お寺で生まれ育ったというのに、

hoshu
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僕は無神論者です。

と、しばらくは臆面もなく人に伝えていた時期もある。

hoshu
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こんなにも激しい怒りが自分の中にあったのか・・・

と、感じる程の衝動的な大きな怒りが生まれることもあった。

精神的向上の後に、その奥に隠れていた怒りやイライラが表面に出てくることもある。

 

怒りは自然な感情

ベストセラーで、ニューエイジやスピリチュアル系で有名な「神との対話」という本に次のような一節がある。

怒りは自然な感情だ。

「ノー」と断るだめの道具(ツール)だ。

必ずしも無礼なものとは限らないし、決して他者を傷つけるものではない。

怒ることを許されて育った子供は、おとなになったときも怒りに対して健全な態度でいられる。

だから、とても早く怒りから抜け出せる。

怒りはよくないものだと教えられて育った子供、怒りを表してはいけない、それどころか怒りを感じることすらいけないと言われて育った子供は、成人後、怒りをうまく処理するのに苦労する。

抑圧された怒りは、憤怒になる。

非常に不自然な感情だ。

人びとは怒りのために人殺しをしてきた。

戦争が勃発し、国が滅んだ。

お寺の子

僕の場合は、実家がお寺ということもあり、怒りやイライラは好くないものだと感じながら過ごしてきた。

「僧侶は例え親が死んでも涙を流してはならない」とか「どんなことがあってもお経の途中で席を外すことは許されない」というように教えられてきた。

でも、人間だったら、それは無理(笑)

実際にそう教えてくれた祖父も、生前最後に葬儀の導師をしたときには、亡くなった無二の親友に、

祖父
祖父

俺もすぐそっちへ行くからな😢

と、涙ながらに語りかけ、会場は涙に包まれた。

大正生まれで、僧侶としての心得を骨の髄まで知っている祖父の涙は衝撃的だった。

抑圧された感情は吐き出すと楽になる

怒りやイライラは自然な感情だ。

それを否定して抑圧すると、普段は見えなくても心の奥底で更に大きな憤怒となって育ってしまう。

怒りから目を反らすと、やがて形を変えて更に大きな問題となって目の前に現れる。

では、どうすれば・・・💦

怒っている自分をキチンと見つめて、それを認めてあげることだ。

Lineグループ

統合失調症当事者のLineグループを運営している。

その中で悪意の感情を向き出しにしたチャットをする方がいた。

グループには10代の女の子もいるし、あまり好いことじゃないよなと感じて、「毒吐き」グループを創ってみた。

そこでは、どんな悪意でも怒りでもぶつけて好い場所だ。

しばらくは毒舌が続いたが、あるとき「旦那と仲直り出来た」という報告があった。

あんなにいがみ合っていたのに、ラブラブになったという。

怒りは自然な感情❗

怒りの感情は持ってもいけないし、それを表現してもいけないような社会的な雰囲気も感じることがある。

でも、それでは怒りは抑圧されて、いつまで経っても心の奥に残り続け、成長し、後に多大なストレスとなって自己も他人をも痛めつけしまう。

怒りを感じたら適切に表現することで楽になるということがLineグループを通じて実感した。

王様の耳はロバの耳のように、どこかで怒りを適切に処理して、抑圧された怒りに育たないようにすることだよね。

自分の中に怒りを残さないこと🎵

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