
不安の根を探る
漠然とした不安があった。突き詰めていくと何が不安なんだろう?って考えてみた。
死?
自分は「死」はそこまで怖がってないのかもしれない。
お寺に生まれたから、幼い頃から人が亡くなるのは当たり前だと気付いていたし、自分の好きなように自由に生きて生きたから、後悔もそれほどない。
また、統合失調症になって絶望して、1度死んだようなものだから、今生きているのはボーナスステージのようにも感じることもある。
そういえば、癌を宣告されても、

統合失調症になった絶望感に比べれば、何てことなかったよ。
と、笑いながら言っていた方もいるし、その絶望感を乗り越えたっていうのはすごい経験🎵
孤立?
孤立や人の期待を裏切ることを極度に怖れていた時期もあるのかもしれない。
酷い時期は、

コーヒー飲む?それとも紅茶?
と聞かれて、

コーヒーと紅茶だったらどっちが楽に準備できるんだろう?
片付けの手間まで考えたら、どっちが正解なんだろう・・・?
みたいに、一瞬でデスノートのライトくんのように考えて、相手にとってストレスが少ないであろう方を選んでいた。
相手はそんなこと気にするわけもないのに(笑)
でも「2対1対7の法則」というのがあって、世の中にはこちらが無理しなくても仲良くなれる人が10人中2人、いくら努力しても仲良くなれない人が1人、残りの7人は、こちらの態度次第で関係が変わるという。
どだい、すべての人に好かれることは無理なのだ。完璧な人間は居ないし、すべての人の期待に応えることも不可能。
それに加えて、統合失調症Lineグループ「すきゾ!」 で、完璧に共感出来て気心の知れた仲間が250人以上集まって、孤独を感じることはなくなった。
結婚?
自分は50歳で縁有って結婚したのだけど、自由に生きることが好きで40歳を過ぎるまで結婚の「け」の字も考えなかった。

あれ?そろそろ結婚を考えないとやばいんじゃない?
って思い始めてから、お金の不安が生まれてきた。
1人で悠々自適に生きるだけの貯蓄はあるのだけど、奥さんを養い子どもを大学に入れて、ある程度豊かな暮らしをすることまで考えると、今のままではヤバい!
でも、飛び込んでみたら案外どうにかなるものだし、必要なものは必要なときにやってくるから、そこまで不安になる必要もない気がしてきた。
不安の根っこを見つめると( *’д’)bイイ!!
僕の場合はあらゆる事について、突き詰めて考えることが多い。
突き詰めて考えた結果は、結局突き詰めて考える必要はないということだ。
釈迦が苦行の末に、「苦行では悟れない」と悟ったように、僕らも苦しみ抜くと、苦しみから自由になれせるのかもしれない。
不安になったら、心の奥にある根底の原因までたどり着くと、結果として表れる、その不安を手放して自由になれる。
今まで自分を支えていた思考を変えると、心は軽くなり、現実までも変わっていくから。


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